中島 信之の顔写真

運動会屋として、運動会の可能性を追求し続けます

ゼネラルマネージャー

中島 信之

イベント事業部
東京本社

運動会屋として福利厚生イベントだけではなく、その他スポーツイベント、周年、式典をはじめ企業・官公庁・個人・海外に至るまであらゆるクライアントへ運動会を提案してきました!
様々な角度から運動会を分析し、最高のプランを提案致します!

My Story

学生時代はバスケットボールに励み、ポジションはセンター。スタメンを3年間務める
友人に非常に恵まれ、いじられキャラとして地位を確立。学園祭ではステージMCや音楽
祭では指揮者など、表舞台に出ることが多かった。
大学時代は友人が作ったサークル運営を手伝いつつ、海外旅行、スノーボード、フットサ
ル等を開催。
漠然とスポーツにかかわる仕事がしたいと考え、就職活動は広告代理店、イベント関連に
絞るも上手くいかず、ITと電話帳のクロスメディア化を目指す会社に営業として就職。
365日IT商材を飛び込み営業していく中で改めて広告やメディア関係の知識を身につけ
たいと考え、1年後専門学校へ入学
専門卒業後、競馬雑誌メディアへの仕事に就く
会員サイト運営、会報誌、雑誌広告デザイン、メルマガ等メディアの仕事を行っていく中
で満足していたが、知人から紹介された会社から魅力的な提案を受け、マンネリ化する仕
事から脱却しようと畑違いの事務所移転プロデュース業に。
空間デザイン、平面デザイン、業者発注、工程、見積もり構成、インフラ関係の知識等運
動会屋にも生かす知識や経験はここで磨かれる形となった。
その会社が景気や震災のあおりを受け縮小していき、仕事がなくなっていく中で29歳と
なり、30歳手前で改めてやりたいことは何なのかを考え、再就活をスタート。1年間の
期限付きで行い、だめなら漫画喫茶の店長に就職する予定だった。
その中でイベント業そして自分が得意とする無形サービス、尚且つ家から近いうことで一
度面接を受け、不合格も現場研修、再面接を経て入社。同期は3人で女性。ベンチャー気
質の会社気質がそれこそ強く、会社の売り上げを作り続け会社を変えることが自分の使命
だと強く思いそのために仕事をしていこうと決意。今でも変わらないのは無形サービスを
売りたいという部分と会社を変え続けていきたいという部分で仕事をしている。